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越智 ますみ Masumi Ochi

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プロフィール

生年月日 1997年10月30日
出身 北海道出身
成績
  • 2019年 10月 茨城国体成年女子カヌースラローム・カヤックシングル15ゲート7位、25ゲート9位
  • 2022年 4月 カヌースラローム日本代表選考会(カヤックシングル) 5位
    6月 カヌースラロームジャパンカップ第3戦(青森大会) 7位
    10月 栃木国体成年女子カヌースラローム・カヤックシングル25ゲート6位
  • 2023年 4月 カヌースラローム日本代表選考会(カヤックシングル) 9位
    5月 カヌースラロームジャパンカップ第1戦(岡山大会) 4位
    6月 カヌースラロームジャパンカップ第2戦(青森大会) 優勝
    8月 カヌースラロームジャパンカップ第3戦(岩手大会) 5位
    9月 カヌースラロームジャパンカップ最終戦(山口大会) 4位
    10月 鹿児島国体成年女子カヌースラローム・カヤックシングル 15ゲート4位、25ゲート5位

2024.1.19

今はカヌーに人生の全てを費やす

医師免許を持つ、インテリジェンスに富んだアスリートだ。カヌースラロームの越智ますみ(大分県カヌー協会)が他のアスリートと異なるのは、結果や成績を第一に求めるのではなく、競技の楽しさや本質を突き詰めることにある。その延長線上にオリンピックや世界大会があるという。「自分の可能性に時間をかけてもいいと思っている。やり切った先に医学の道がある」と、今はカヌーに人生の全てを費やす覚悟だ。

 

カヌースラロームは、最長400㍍の急流のコース中に不規則に設置された、最大25の旗門(ゲート)を通過してタイムを競う。水流をうまく利用して、いかにスピードに乗るかがポイントとなる。パドル一本で操作し、ボートを体の一部のように扱って対処しなければいけない。越智がこの競技に出合ったのは北海道大医学部に進学した2016年の4月。カヌークラブに入部した時だ。それまでのスポーツ歴は、中学3年間でバスケットボールをしたぐらいだが、好奇心旺盛な越智はカヌーに没頭した。「スラロームは五感を刺激する。水の感覚だけでなく冷たさや温かさ、匂いなどが伝わり、その中でこぐのが楽しかった」

運動能力が格段高いわけではない越智だが、水の流れをつかむ能力に長け、スピードは抜群だった。大学4年時に出場した栃木国体で入賞したときに、「この競技なら上を目指せると思った。どこまでいけるか分からないけど、成長できることを実感した」という。そして、「世界の川で自分の力を試したい。トップアスリートになれば成果を求められるが、私は競技の楽しさとか本質を突き詰めたい」と、初めて世界を意識する。越智の種目はカヤックシングル。当時、自分が国内で何番目の選手なのかと考え、国際大会に出るためには日本で最低でも2番手に入らなければいけないことが分かった。記録を調べると、トップ選手の記録がそれほど遠いものではないことも分かった。「ならば今の自分に必要なものは」と自問した。「小さい頃から競技をしている選手には絶対的な感覚があるが、私が今からそれを磨くのは難しい。私にはスピードはあるが、テクニックが足りない。テクニックは練習と努力で伸ばせる。カヌースラロームは、努力が幅を利かせる競技。それならいける」

ここからが越智の本領発揮だ。受験や資格取得試験の勉強で培った集中力やノウハウを、競技力向上のために落とし込んだ。一例がある。医学で学んだ、患者の経過をカルテなどに記録する「SOAP」が生きた。患者の基礎データを収集・分析し、問題点を抽出して、「S(subjective):主観的情報」、「O(objective):客観的情報」、「A(assessment):評価」、「P(plan):計画(治療)」の四つの項目にそって問題点にアプローチする。この手法を競技に置き換えることで課題が浮き彫りになった。越智は、動くことと同じく思考することが好きだ。読書することも、数式を解くことも、自然や社会の仕組みに思いを巡らせることも、彼女を快活にした。

 

しかし、不運は突如として訪れる。迷いがなくなり、視界がクリアになった矢先に訪れたのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。病院での実習時期と重なっていたこともあり、完全な感染対策を強いられた。部活も禁止、息抜きに遊びに行くことも許されない。逼迫(ひっぱく)する医療現場の第一線に立たされ、ストレスで体調を崩した。うつ病を患い、1年間休学することになる。「人の死や人生に向き合うことが辛かった。メンタルを保つことができず、良からぬことばかり考えるようになった」と苦しかった胸の内を明かす。だがそこで、競技への思いが強まった。「人のためだけでなく、今、自分にできる可能性に時間をかけてもいいと思った。カヌー選手としてどこまでできるか。その過程で得るものはきっとあるだろうし、一つのことをやり切ってから医者なっても遅くはない。その方が、実りがあると思った」

縁あって大分で競技を再開し、自分を取り戻した。昨年(2022年)は日本代表選考会で5位となり、トップの背中が見えた。今年、大学に復学し、医師免許を取得した。練習時間を確保するのは難しく、日本代表選考会で9位と後退したが、その後のジャパンカップで優勝するなど手応えを感じている。

今の課題は三つ。「スピードを出しながら、ゲートに当てないようにテクニックを保ち続けること」、「試合に向けて日々のメンタルの揺れ動き、試合前の高ぶり、落ち込みをコントロールすること」、「(大会が実施される)2日間をこぎ抜く基礎体力をつけること」。導き出した課題が明確だからこそ、克服に向けた修正もしやすい。 越智は来年を勝負の年と位置付けている。「まずは選考会で優勝する。そのための準備期間は十分に確保できる。そして、日本代表となり、国際大会に出場して世界と戦える状況にしていきたい。その先にオリンピックがある」