2019.07.01
一点の曇りなく見つめる先に「五輪の金メダル」がある
「勝ち続ける選手よりも憧れられる選手になりたい。素人が見て分かり、玄人が見ても納得できる形を追い求めたい」。空手形女子の大野ひかるは、追加種目となった2020年東京五輪に向けて、自分のスタイルを磨き上げている。「例え演武であっても相手を倒せなければ意味がない。強い蹴りや突きを追求したい」。あくまでも武道にこだわる断固たる決意が大野を動かす原動力となっている。
地元・大分国体優勝が最初の転機に
2019年に入りギアを一段上げた。1月の国際大会「KARATE1プレミアリーグ・パリ大会」での3位を皮切りに、ほぼ毎月行われる東京五輪出場のためのポイント対象大会に出場し、結果を出している。五輪代表枠は1つ。世界ランキングの上位をほぼ日本人選手が占めるなか、積み重ねたポイントが合算される。年内までポイント争いは続き、上位2人が来年から一騎打ちで代表枠を争うことになる。現在オリンピックスタンディング日本人2位の大野ひかるは、十分に五輪代表を狙える位置にいる。
小学1年で空手を始めた大野は、男子並みのスピードとキレで才能を開花した。右肩上がりで成長を遂げ、高校1年だった08年大分国体の少年女子個人組手で3位となり同・個人形でも優勝。一気にスターダムの階段を登りはじめる。「地元開催の大分国体で、極度の緊張の中で優勝できたことが大きなターニングポイントとなった」。全国高校総体など国内大会にとどまらず、世界ジュニア選手権などでも日の丸を背負い優勝した。
空手には二つの競技があり、1対1の「組手」と、演武する「形」がある。大野のすごさは形に専念することなく組手の“二刀流”を続けたことだ。どちらも才能があったことは間違いなく、それも最高レベルだった。高校、大学とレベルが上がるにつれて専門性を重視して一つに絞る選手は多いが、大野は社会人2年目まで二刀流を貫いた。「形も組手も極めたいと思っていたので、どちらかに絞る考えはなかった」。ただ、好結果を出せても1位にはなれなかった。五輪代表の最大のライバルとなる清水希容(ミキハウス)は早い時期に形に絞り、急成長を遂げた。一方、大野は形も組手も停滞しなかったが、終始緩やかな成長曲線を描く。「大学4年間は後悔がある。形と組手を両方選んだことに悔いはないが、同じくらいの熱量を持って練習できなかった」
自分だけしかできない形を追求する
それでも二兎追い続けたことは間違ってはいなかった。大学を卒業して地元に戻った14年、幼少の頃から師と仰ぐ佐藤重徳師範に教えを受け、もう一度自分の空手に向き合うことになる。「師範は形と組手は表裏一体と考えている方で、本当にすごい形とは相手と戦っているように見える臨場感だと言われた。私は組手で人と戦ったことがある。そこは大きな強みであり、私にしかできない表現があると分かった」。輝きを取り戻した大野は日本代表に返り咲く。
16年に世界空手道選手権の女子団体形で優勝し、その後も形の選手として全日本強化選手となる。この大会を機に大野は、もう一度世界一になるために形に専念することを決めた。「日の丸をつけて世界と戦う喜びを感じた。世界ジュニアで見た同じ光景をもう一度見て、日本一ではなく世界一を目指すことを再確認できた」
18年から形競技のルールが大きく改正され、採点方式となったことは大野にとって追い風だった。従来は審判が競技全般を見て、優れた演武者に旗を上げる旗判定だったが、新採点方式はフィギアスケートのように一つひとつの技を細分化し、点数化することで明確な判定基準が設けられた。「新しい採点は誤魔化しが通用しない。イメージ先行の判定から採点化されたことで、今までやってきたことが評価されるようになったと感じている」
とはいえ、見せ方を重視する空手に違和感も覚える。「空手は踊りではない。見栄えが良くても相手を倒せなければ意味がない。そこに強い信念を持っている。昨年はそこのせめぎ合いですごく悩んだが、やはりオーバーアクションで点数をもらってもうれしくない。素人が見て分かり、玄人が見ても納得できる形を追い求めたい」
雑念が消え、疑うことなく信じた道を突き進む瞳は強い光が宿り澄んでいる。師範の教えを守り、自ら切り開いた純真こそが、彼女を世界の頂点を目指す戦いへと駆り立てる。「まだまだ成長できるし、自分に限界をつくりたくない。東京五輪が全てではないけれど、区切りになることは間違いない。五輪で金メダル。そこは絶対に目指したい」
大野ひかるの哲学
素人が見て分かり、玄人が見ても納得できる形。そんな形を私は追い求めたい。
プロフィール
生年月日 | 1992年8月30日 |
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出身 | 大分県大分市 |
成績 |
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